『ありがとうございます』で豊かに、楽しく、イキイキ生きよう

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『ありがとうございます』画像の説明

無償、複製自由本『ありがとうございます』に掲載の言葉から多くの啓蒙を受け、人生の難局を乗り越えさせて頂きました。

皆様の人生の節目にも同様に役立てばと思い、掲載させて頂こうと考えました。

完成するまでには、時間がまだまだ掛かるかと思いますが、ご了承ください。

『神』という言葉は、宗教を連想される方もいるかも知れませんが、
上にいる方ということで、『かみ』と言っていたり、
火(か)と水(み)を合わせた性質を持つ方ということで、『火水(かみ)』
と表現されたりしています。

ここでは、『神』という言葉は、皆様の秘めた『愛と能力』を全開して頂くための宇宙の仕組みを説明する科学的な用語として、御理解頂ければ幸いでございます。(菊池昭雄の独自の考えでございます。)

人は言葉の通りに成っていく

人は自分の選んだ言葉によって、言葉通りのものを神様から受けて、言葉通りの自分になっていくのです。人は神様が与え続けて下さっている、無限の無限のチャンネル放送番組の中から、どの番組を選んで、それを現実化し、自分の番組・世界・運命として体験し味わっても、それはどこまでも一人一人の自由選択の結果なのです。マイナスの言葉を使えば、マイナス番組に波長が合って、それが現実化してくるのです。

マイナスの言葉は使えば使うほど、たくさんのマイナスが現実化してきて、そのマイナスを見たり・聞いたりするだけで、さらに沢山のマイナスの言葉を使ったことになって、番組をマイナスへマイナスへ上げてゆくのです。環境に左右される弱い人にとっては、マイナスの悪循環になって、歯止めがきかなくなるのです。

どんなマイナスもそれに慣れて強くなれば、平然としていられるのです。プラスの世界だけに生きて来た人は、マイナスの一言にも弱いものです。どんな大きなマイナスにも負けない自分に成る為には、色々なマイナスの体験も必要なのです。大きなマイナスの中で鍛え抜かれたら、どんなマイナスからも逃げようとはしないものです。平然とどんなマイナスも無視して、本当のプラス思考の生き方ができるのです。形の地獄の中でこそ、心に極楽を感受できたら本物です。

病苦の中にあって、無限健康を甘受するのが、祈りの修行です。無限のマイナスの中に置かれても、無限のプラスを甘受するのが、真の感謝の修行です。どれだけ一点集中して、神さま(無限の無限のプラス)だけに、心を向け続けられるかが問われるのです。本当に神さまとの出会いを真剣に願っているならば、神さまだけに心を向け続けられるはずです。

現実に心を向け続けているのは、思いの心です。現実を相手にしないで、ただひたすら神さまだけに心を向け続けてゆくのが、真の感謝の生き方です。五欲を満足させたい、思い通りに生きたいというのでは、思いの世界から抜け出ることは不可能です。

神さまに出会いたい、神さまと一体化したい、真の悟りを開きたいとう誓願が無ければ、感謝の光の世界へ入ってゆけないのです。救済の神々が思いを消し、光を与えてくれている間に、感謝一筋の自分になって行かなければ、中途半端な生き方では、思いの泥沼に沈んでゆくのです。

マイナスの一言で、人の意識は思いの中へ吸い込まれてゆくのです。無限の無限のプラスの言葉で、人の意識は感謝の光の中に入ってゆけるのです。

常に常に無限の無限のプラスの言葉を駆使し続けたら、マイナスの一言を選ばなくて済むのです。そして思いの雲の世界から、感謝の光の世界へ抜け出て、本当の感謝一筋の自分に成れるのです。

『ありがとうございます』より引用。

神様の声無き声に素直になれば、必ず幸せに成れる

 神さまの導き・声無き声に素直になれば、必ず幸せに成れるのです。

 神さまの導きに素直になれば、必ず幸せに成れるのです。

 神さまの導きは、宇宙全体に満ち溢れているのです。

 神さまの導きは、宇宙のすべてから発信されているのです。

 その神さまの導きを正しくキャッチする為には、『声無き声』を聞き取る必要があるのです。

 幸せに成る為には、どのような生き方をすればよいか、神さまの導き・声無き声を幾つか列挙してみましょう。

①過去を放し、新たに生まれ、新たに生きよ!

  無限億万分の1秒の一瞬一瞬新たに新たに、
  宇宙のすべては、新生しているのです。
  しかも神さまの全徳の無限の無限の輝きをもって、新生しているのです。
  本心の自分は常に新生する自分です。

②感謝一筋に生きよ!

  感謝行は、神さまから、あの世のすべてから、
  この世のすべてから、大きなプラスを受ける生き方です。
  感謝の心は本心の心 そのものです。

③一切の報いを求めないで、与え尽くせ!

  与えて、与えて、与え尽くせば、自分に必要なものは、豊かに与えられるのです。
  与えることに喜びを見出すのが、本心の自分です。
  与える心は順流となり、宇宙の無限供給の流れを受け、
  求める心は逆流となり、求めるものが得られなくて苦しむことになるのです。

④謙虚に謙虚に、どこまでも謙虚になれ!

  マイナスの極に立てば、すべてを光一元に仰ぎ見ることができるのです。
  神さまの最高表現の真価値を 見出せるのです。

⑤真剣に生きよ!

  一分一秒を大切に、すべてをスピード化して、中身の濃い・充実した人生にしてゆくほど、幸せは大きくなるのです。
  

⑥他の幸せを喜ぶ大きな心を持て!

  本心の心は他と一体化して、無限に無限に大きく成るのです。
  他の幸せを自分の幸せにして無限の無限の幸せで一杯に成るのです。

⑦拝め!拝め!拝め!

  拝めば、すべてに天照大御神(宇宙絶対神の最高表現) が現れるのです。
  すべての存在が、新たなる全徳の無限の無限の輝きで一杯!に成るのです。

⑧総責任者になれ!
 
  すべての責任を自己に帰す者は、神さまと同じ立場に立つことになり、
  無限の知恵・無限の能力・無限の力が湧き出て来るのです。

⑨奉仕に生きよ!

  生かされていることに感謝し、喜び勇んで、
  自分のすべてを捧げ尽くして、
  全体への恩返しに生きることが、真の奉仕です。

⑩大犠牲精神を生きよ!

  自分の幸せを後にして、他の幸せを先にする生き方は、
  神さまの愛の御心です。大犠牲精神を生きる者は、神我一体と成るのです。

⑪明るく生きよ!

  神さまの全徳の無限の無限の輝きが一杯!が、宇宙の真相です。
  すべて光一元に仰ぎ見て、楽天的に・楽観的に生きることが、
  神意に適うのです。

プラスだけを数える生き方が、心をプラスに変化させる生き方です

 現実に見えるマイナスは、自分の心の投影です。
 
現実のマイナスを変える為には、先ず自分の心をプラスに変えなければならないのです。

現実のマイナスに囚われれない為には、自分の心プラスに変えて、プラスだけに波長の合う自分になることです。

あの世においては、マイナスの心を起こすと、直ちにマイナスの世界を感受することになるのです。

心の通りに、即座に実現するのです。

この世においても、原則は同じです。
ただこの世の場合は、今直ぐに実現するのではなくて、ある時間の経過の後に、実現してくるのです。

その時間の余裕のある間に、一旦マイナスを思っても、後でプラスに思い返せば、そのマイナスは打ち消されて、プラスが実現してくるのです。

またこの世は、大きなマイナスを一旦棚上げ状態にしてもらって、プラスに生きる練習ができるのです。

普通はマイナスばかりの中では、プラスに思うことは困難です。

心に大きなマイナスを持っていたら、ますますマイナスの深みに落ちてゆくものです。

それでは永遠に救われないのです。

そこでこの世という特別の修行の場が用意されているのです。

マイナスを極力少なくして、プラスに思う練習を積み重ねるのです。

それによって少しでも心をプラスに変えてゆこうとするのです。
プラスの心になって、 あの世へゆけば、ひとりでに幸せは増大するからです。

##現実のマイナスは数えないで、プラスだけを数える生き方が、心をプラスに変化させる生き方です。

更には積極的にプラスのことを想像・空想して、心のマイナスを打ち消してゆくのです。

心に夢を・希望を・理想をしっかりと描くことによって、心のマイナスを大きく消し去ることができるのです。

真の祈り・真の感謝は、現実を完全に無視して、心に神さまだけを・神さまの全徳の無限の無限の輝きだけを受け入れてゆくのです。

神さまの無限の無限のプラスを心に受け入れることによって、速やかに心のマイナスをプラスに置き換えてゆくのです。

それによって奇跡的な心の変化・現実の変化が可能となるのです。

マイナスの中にあっても、プラスだけを思える心を練磨することが何よりも大切なのです。

地獄に置かれても、極楽をしっかりと思える自分が、病苦の中にあっても、無限健康を思える自分が、戦乱の真っ只中にあっても、完全平和を思える自分が、本物の自分・本心の自分です。

真の祈り・真の感謝がどれだけ深まったかを評価するには、自分をマイナスの中に置いてみて、どの程度プラスだけを思えるようになったかで判断すればよいのです。

マイナスの中にあっても、プラスだけを思える自分になる為には、常に常に、 プラスだけを思う練習を積み重ねる必要があるのです。

一意専心・一心不乱に・精神集中して、最高のプラスである祈りの言葉を唱え続ける練習が大事なのです。


ありがとうの涙

幸せの宇宙構造
ーすべての人が幸せになる方法ー 小林正観著 ページ122
より、引用。


不思議なことに、心をこめない「ありがとう」でよいから2万5000回ほどいうと、涙が出て来ます。

「ありがとう」と(心を込めず、ただ口先だけで良いのですが)呪文のように言っていくと、その類計回数が2万5千回を超えたあたりで、突然涙がどっとあふれてくるということが、多くの人にあるようです。

その涙というのは、短い人で一時間、長い人で3時間、平均的には2時間
ほどで、とにかく止まらないのです。

こんなに自分の身体から涙が出てくるものかと思うほどで、とにかく止まらないのです。こんなに自分の身体から涙が出てくるものかと思うほど、激しくずっと流れ続けます。

多くの人の場合、バスタタオルを持って来て、それを2度絞り、3回目に涙を吸い取ってやっとちょうど良かったと聞きますから、相当な涙の量のような気がします。

そして、この涙がで終わって、ほとんど涙がかれたような状態で、そこからまた続けて「ありがとう」を言おうとすると、今度は本当に心の底から涙が溢れて来て、体中が温かい思いに満たされて、本当に有難くて「ありがとう」という言葉がでてくるようです。

更に、その心を込めた「ありがとう」が湧いたところから、2万5千回ほど心を込めて「ありがとう」を言い続けると、なぜか「私」にとって奇蹟と思えることが次々と起こるようになります。

この話をあちこちでしていたところ、何人かの人から同じような質問を受けました。

「2万五千回を数えて言っていたのだけども、2万五千回に到達しても全然涙が出てこない。」というものでした。

私はその方たちに同じ質問をしました。
「2万五千回に到達する前に、不平不満・愚痴・泣き言・悪口・文句を言わなかったのですか」と。

その人たちの答えはすべて同じでした。
「不平不満・愚痴・泣き言・悪口・文句を言っていました。」

私はこう言いました。

「多分、その不平不満・愚痴・泣き言・悪口・文句を言った瞬間に、チ~ンという音がして、「ありがとう」の回数がゼロになったのだと思いますよ。」と。

「ありがとう」は心を込めなくて良いのですが、その「ありがとう」は2万五千回に到達するまでは、どうも不平不満・愚痴・泣き言・悪口・文句を言わない方がようようなのです。

不平不満・愚痴・泣き言・悪口・文句を言った瞬間に、今まで積み重ねてきた一万九千か、あるいは2万回という「ありがとう」は、チ~ンという音を立てて、宇宙の彼方に消えてしまうようです。





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