五章
根本の借りは、神様からの無限の無限の借り
借りを返すことによって、幸せは増大してくるのです。借りを増やし続けていては、今の幸せも奪われ、前途多難です。自分にはどんな借りが有るのか、しっかりを見極める必要があるのです。借りが有ることに気付かなければ、返しようが無いからです。どんな借りも、放置すれば、大きくなって来るのです。一日も早く、借りを返すことが、幸せへの道なのです。
神様からの無償の愛のプレゼントは、感謝を深くして受ければ、御恩であって、借りでは無いのです。だから恩返しに生きれば、万が一の恩返しであっても、借りにはならないのです。ところが感謝をせずに、無断で自分のものにすれば、盗み・奪ったことになって、高利の借金と同じ大きな借りをしたことになるのです。感謝を忘れ・怠った期間が長ければ長いだけ、大きな借りを積み重ねたことになるのです。強奪したものほど、高利の借金と同じで、放置すれば、どんどん無限に大きくなるのです。
根本の借りは、神様からの無限の無限の借りなのです。その上に、無限の種類の・無限の段階の、種々様々な借りがあるのです。借りを返すに当たっては、貸主に取り立ての優先順位があるのです。一番大きな貸主に、取り立ての最優先権があるのです。だから小口の返済を先にしても、小口の貸主は、自分の手元に置いただけ、利息を付けて返さなければならないので、損をさせられたことになるのです。
小口の返済から先にしようとする人は、身近の好きな人に与え尽くそうとするのです。好きな人というのは、自分にとって、借りの多い人なのです。恋人にしても、子供にしても、前生の恩人・貸主であることが殆どなのです。恩返しをする・借りを返すということ自体は、正しい善いことなのです。でも大口から返さなければ、小口に貸主に対して、大きな迷惑を掛けるだけで終わるのです。その上に大口の貸主を無視した分だけ、自分の借りも大きくなるのです。だからマイホーム主義的な生き方では、借りを減らすことは出来ないのです。
神様からの無限の無限の借りは、衷心から反省し・お詫びすれば、帳消しにして頂けるのです。そして神様への感謝と報恩に徹底して生きれば、その他の借りは、神様が肩代わりして、順番に消し去って下さるのです。この神様への感謝と報恩の道以外には、借りを減らし、幸せに成る道は、どこにもないのです。表面だけの・借りを増やすことによって生み出された幸せは、本当に幸せではないのです。後から来る借金の取り立てによって、地獄の苦痛を味わうのでは、束の間の幸せも、幸せではなくなるのです。本当の幸せは、神様からのみ、与えられるものなのです。
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